大正時代の健康法を5年くらい実行してたら普通になったので1万文字くらいかけて紹介する

大正時代の健康法を5年くらい実行してたら普通になったので1万文字くらいかけて紹介する

   

私は明治やら大正時代が好きで調べてる。それだけじゃなくて、当時流行してたことを実際にやってみるのも好きだったりする。昔だから今より全てにおいて水準が低いので、実行してもあんまり意味ないんだけど面白いからやってる。

大正時代の健康法も実践してることのひとつで、特に効果とかないけど害もない。ものすごい普通さである。しかしイカれた健康法を続けていると、なんか面白い気分になる。面白くて普通なのは最高だと思う。というわけで私が実際にやってる健康法を紹介をしていく。

一応は書いておくけど、心身健康な人は紹介する健康法を別にやっても良いと思うけど、病気の人は病院に行ったほうが良いと思う。明治大正の健康法より現代医学のが強い。そして基本的に明治大正の健康法は、気合があったら健康になる! 気合を入れろッ!! 魂で勝負だッ!!! ってのが多い。

f:id:cocolog-nifty:20170221163658p:image:h480
病気の人は気合とか意気とか魂に勢いがない。

f:id:cocolog-nifty:20170226164204p:image:h480
だから明治大正の健康法は効果ない可能性高い気がするし、病人は病院行くのが一番であるというわけで、大正時代の良い健康法を紹介していく。

健康法レジェンド井上正賀

日本の健康法の歴史を語るのならば、絶対に外せないのが井上正賀である。古い本が好きな人なら、その名前を知っているかもしれない。井上正賀は農学博士で、メチャ健康法を開発してた男である。農学博士だから椎茸の栽培の普及に努めたりもするけど、健康法も書くから表現がすごい大袈裟で最高である。

f:id:cocolog-nifty:20170226164424p:image:h480
椎茸だけじゃなくて、朝顔や牡丹の栽培方法やら、若返り法や不老長寿方法なんかの本を書きまくっている。

f:id:cocolog-nifty:20170226164508p:image:h480
ある界隈の人々は井上さんの節操のなさを笑ったりする。ただこの人が健康法を考案しはじめたのには、ちょっとした理由がある。

かって彼の息子さんが病気になった。井上さんは農学士である。だから科学的に物事を考える。当然ながら医者へ息子を連れていき、その指示に従ったて治療をしたものの、残念ながら息子さんは死んでしまった。この出来事がきっかけとなり、彼は独自の健康法の研究に没頭し始める。だから医療をムシった健康法が多いし、医学を攻撃することが多い。

f:id:cocolog-nifty:20170226164614p:image:h480
少し悲しいお話で人生って色々あるんだねぇって感じだけども、基本的に当てずっぽうで書いてるから、相撲取り裸だから裸で暮したら健康になるとかそういう感じで全てが進んでいく。

f:id:cocolog-nifty:20170226164642p:image:h480
こういう粗雑さが私は大好きなので、井上正賀さんの『粗食主義蛮勇生活』っていう健康法を実行したりしている。この健康法を一言で説明するとこうなる。

f:id:cocolog-nifty:20170226164702p:image:h480
『むき出し生活』最高すぎるが、普通の人は意味が分からないと思うんで、この健康法を簡単に説明しておく。

まず味というものは食物ではなくて舌にある。よく分からないと思うんだけど、物質に味はあるけど舌がなければ認識することができない。舌があるから味が分かるわけで、それなら舌がなければ味もないのと一緒だろがといった理論であり、デカルトの物心二元論とかそうういう感じだと思う。それで食物の科学分析は意味ない。

f:id:cocolog-nifty:20170226164724p:image:h480
俺はあると思うけど、正賀がそう言うんだから仕方ないよな。それで味噌の効果は絶大です。

f:id:cocolog-nifty:20170226164737p:image:h480
他にも色々とあるんだけど、結論としては精神の力で飯を食えということになる。

精神の力で飯を食うとはどういうことかというと、疲れた時に甘かったり塩からいものを食べたくなる時があると思う。今日はなぜか春菊を食べたいとか、魚が食いたいとか色々とある。なぜそんなことになるのかというと、舌に味があるからで、脳が人体に足らない栄養素を察知し、舌が味を再現し食いたいッ!! っていう気持を作り出しているからである。ようするに食いたい時に食いたいものを食えッ!! っていうのが『粗食主義蛮勇生活』であり『むき出し生活』です。

『粗食主義蛮勇生活』は他にも色々あるんだけど、実行したらわりとカジュアルに死ぬ部分がある。

f:id:cocolog-nifty:20170226164833p:image:h480
『粗食主義蛮勇生活』に限らず昔の健康法は、完全に守ると死ぬようなものがある。だから死ななそうな部分を選び、適当に実行する必要ある。明治大正時代の健康法を実行するというのは、命懸けの知的遊戯だと言えよう。

ちなみにこの健康法、わりと効果があるような気がしないでもない。私はこういう感じで日常生活で活用しています。

cocolog-nifty.hatenablog.com

ただし偏食傾向のある人は味や食品の脳内データベースが貧弱なんだろうから、実行すると危険だと思う。

完璧に実行すると死ぬ健康法

明治から大正時代っていうのは海外に追い付け追い越せみたいな雰囲気があり、なにかを普及させるため極端な状況になることが多かった。衛生って概念が普及しはじめると、なんでもかんでも煮沸しろッ!! みたいなブームが起きる。そんなブームに乗せられるのバカだけだろって思うかもしれないが、森鴎外なんて知的水準が高い人もなんでもかんでも煮沸してグダグダになった野菜を食って喜んでたりしていた。

一通り普及すると、なにが衛生だボケ細かいこと気にしてっから精神病になるんだ馬鹿野郎ッ!!!みたいな人も出てくるんだけど、そういう奴らの健康法を忠実に実行すると、先刻も書いたように死んでしまう。だからそういう健康法は実行していないんだけど、最高すぎるのが『抵抗強健術』だと思う。

f:id:cocolog-nifty:20170226180645p:image:h480
考案者は謡曲やら野球で有名な横井春野さんである。しかし今はそういうことはどうでもよくて、とにかく『抵抗強健術』はヤバい。

f:id:cocolog-nifty:20170226180333p:image:h480
絶対に泥水を胃に注入したくないが、生野菜食べるの普通では? って思った人がいるかもしれない。実は生野菜を食べるってのは最近に出来た習慣で、昔はあんまり食べたりしなかった。なんでかっていうと衛生状態が全体に悪くて全てが小汚かったからなんだけども、そういう話はどうでもよくて、『抵抗強健術』はとにかくありとあらゆることに抵抗するっていうのがポイントであり、夏に負ける奴は弱いから夏に勝てッみたいな気合がある。

f:id:cocolog-nifty:20170226180457p:image:h480
夏にコタツに入るみたいな我慢大会は江戸時代あたりでも開催されている。だからこれは春野さん独自のものではない。ただ今でも暑い時に暑いっていうな寒いって言えみたいな頭おかしな奴いると思うけど、あれを始めたのはどうも春野さんっぽい。

f:id:cocolog-nifty:20170303161456p:image:h480
それで細かいことは気にしない。風邪とかキャッチボールしてたら治る。

f:id:cocolog-nifty:20170226180555p:image:h480
これは春野は強いから良いかもしれないけど、普通の人は無理だよなっていう健康法で、今の人がこんなことしてたら警察に通報とかされる可能性あると思う。

f:id:cocolog-nifty:20170226180705p:image:h480
『抵抗強健術』は弱い人間には出来ない健康法なので、私はやってないです。

広告

最高の呼吸法

明治時代の健康法で流行していたのは呼吸法で、とにかく良い呼吸をしたら健康になるし、日本人全員が丹田呼吸したら体格良くなって白人と戦争しても負けねぇだろという風潮があった。座禅をしながら丹田呼吸するとか、常時呼吸を整えるとか、色々なバリエーションがある。ついでに寒風摩擦みたいなものがセットになっている健康法も存在している。色々な流派があるんだけど、基本は腹式呼吸を使い15秒吸って15秒はく。これを自然にできるようにする。あと口じゃなくて鼻で呼吸するのもポイントである。

効果があるんだかないんだか知らないけど、呼吸法はとにかくメチャ難しいっていう弱点があった。だいたいこういう感じの難しさだと思う。

f:id:cocolog-nifty:20170303161536p:plain
ジョジョの奇妙な冒険 (5) 集英社文庫―コミック版 第3印 荒木飛呂彦 集英社 2002 P249

この画像を探すため、久々に荒木飛呂彦さんの漫画を読んだけど、19世紀の普通の人らの盛り上がりとかの時代の雰囲気がかなり上手に描かれていた。この作品では呼吸法が波紋っていうのに利用されてるんだけど、明治大正の呼吸法がメチャ極端になったみたいな描写で、概ね正しい認識だと思う。すごい。

明治大正時代の呼吸法も、マスターすると加齢に抵抗できるし火も熱くない。ものすごい効果があるけど、難しいからほとんどの人が挫折してしまう。この問題を解決するためメチャ苦悩し、ある道具をひとつ用意すれば誰でも簡単に実行できる最高の呼吸法「吾輩の心身頑強法」を開発したのが黒田清という人である。

「吾輩の心身頑強法」っていうネーミングセンスが最高すぎて絶対に実行したくなるが、黒田は健康になりすぎてとにかくテンションが高い。

f:id:cocolog-nifty:20170303161818p:image:h480
黒田さんの勢いすごすぎてやる気なくす人もいると思うけど、私は嫌いではないです。

f:id:cocolog-nifty:20170303161849p:image:h480
「吾輩の心身頑強法」は300ページくらいある本だが「吾輩の心身頑強法」の解説は28ページくらいしかない。そのくらいシンプルな方法である。あとは自分の生い立ちとか経営している会社の自慢とか健康法を実行した偉人たちの実例なんかが書かれている。とにかく読者を盛り上げて自分の健康法を実行させようという戦略である。なぜ実行させなくてはならないのかというと、健康法を実行したら人間の寿命が延びる。

f:id:cocolog-nifty:20170303161941p:image:h480
そして国が強くなる。

f:id:cocolog-nifty:20170303161915p:image:h480
だからやれ全員が実行しろッみたいな感じで黒田の勢いはすごいんだけど、「吾輩の心身頑強法」自体は、ものすごくシンプルな方法で、やってみると確かに実行することができるというわけで、具体的な方法を解説していこう。

まず重要なのは、細く長く呼吸することである。先にも書いたように、鼻で15秒吸って15秒はく。そして吸うよりも多く息を出すようなイメージで呼吸する。全身は脱力状態、腹のみ力を入れる。吸えば吸うほど腹に力が入るようなイメージで呼吸する。以上が呼吸法の基本である。

これを実行するため、どうすれば良いのかというと、まず腕時計を購入する。

f:id:cocolog-nifty:20170303162043p:image:h480
これ懐中時計じゃねぇかって思ったかもしれないけど、細かいことを気にしてたら古い本とか読めないんでムシる。あと懐中時計の場合は腕に紐でくくりつけろとか粗雑なアドバイスも書かれているのでセーフだと思う。

まあ時計の種類とかなんでもいいから、工夫をして腕に時計をくっつける。理想の腕時計姿はこういう感じ。

f:id:cocolog-nifty:20170303162055p:image:h480
写真の人は黒田清さんなんだけど、そんなことはどうでもいい。時計を腕につけたら12時を起点として呼吸を開始、15秒吸ったかなって思ったところで秒針をチラっと見る。

f:id:cocolog-nifty:20170303162107p:image:h480
15秒経過していたら息をはく。再び時計を見て、15秒をすぎていたら吸う。これを繰り返す。初心者はチラっと見すぎると疲れるので注意。

f:id:cocolog-nifty:20170304133819p:plain:h480
散々煽りたてておいてこんな方法かよって思ってしまうんだけど、やってみると確かにできないこともない。ただ人に変に思われてしまうかもしれないからチラっと見るのが重要である。

f:id:cocolog-nifty:20170304134151p:plain:h480
それで私が実際に「吾輩の心身頑強法」を実行しているのかっていうと、していない。なぜなら面倒くさいからである。しかしそういう人間に対しても黒田さんは健康法を用意している。

f:id:cocolog-nifty:20170303162225p:image:h480
まとめると以下のような感じです。

  • 就寝時に時計の音が聞こえる環境を作る
  • 時計の音を聞きながら鼻で15秒吸って15秒はく
  • あまり腹に力はいれなくてもいい

この方法はたまに実行しているんだけど、なんか血の流れがすごい良くなる気がする。健康になるかどうかは知らないけど、とにかく身体に変化ある。時計の音なくてもいいから鼻で15秒吸って15秒はくみたいなの続けると面白いかもしれない。

黒田さんは、最初っから最後まで勢いがすごいし男らしい。

f:id:cocolog-nifty:20170304104059p:image:h480
しかし時計は人に気を使ってチラっと見るってのが最高だと思う。

f:id:cocolog-nifty:20170303162107p:image:h480

最高にめんどうくさくない健康法

大正時代の様々な健康法を紹介してきたけど、結局のところなにかしないといけない。怠惰な人間は実行するの無理だと思う。まして金やら時間やら技術が必要な健康法だと、疲れる上に金減るからさっさと風呂に入って寝たほうがいいわみたいになる。この様にいくら良い健康法があったとしても、実行できないなら意味がないという問題がある。しかし安心していただきたい。この問題を解決するために開発された最高の健康法が存在する。

f:id:cocolog-nifty:20170304115757p:image:h480
とにかく面倒な話は抜きの健康法で、その名も『医者いらず薬いらず 無病強健精力絶倫法』である。

f:id:cocolog-nifty:20170304115915p:image:h480
考案者は大浜忠三郎、いかにも健康そうな外見してる。

f:id:cocolog-nifty:20170304115705p:image:h480
この人は事業家として有名なんだけど、健康のことを考えすぎて保険会社を作ってしまった程の男である。

f:id:cocolog-nifty:20170304120401p:image:h480
そういう人だから健康法の開発もかなり本格的で、20年間自分と部下の身体で実験している。その結果から絶対に健康になれるという確信を得たのと、みんなが健康になって死ぬ奴がいなくなると保険代を払わずに済むというわけで、『医者いらず薬いらず 無病強健精力絶倫法』を広く社会に広めることを決意したのであった。

この健康法は、本当に誰でもできる。私もやっている。効果としては歩行とかできるし、財布から金出してビールを買ったりするといった健康体で実に普通である。

というわけでみんなも実行したくなったと思うので『医者いらず薬いらず 無病強健精力絶倫法』を具体的に解説していくと、まず人間は今すぐ死ぬことができる。

f:id:cocolog-nifty:20170304120757p:image:h480
死にたいって思ったら死ねるのに生きてるということは、生きようと思ってるから生きてるということになる。これが『医者いらず薬いらず 無病強健精力絶倫法』の根本原理で、ととにかく病気とかムシったらよろしい。

f:id:cocolog-nifty:20170304120834p:image:h480
みんな分かってくれたかな?もしかしたら理解できない人もいるかもしれない。心配だからさらに詳しい解説も掲載するけど、大浜さんの解説はとにかくクドいという特徴がある。

f:id:cocolog-nifty:20170304121002p:image:h480
ここまで解説されたら、流石に病気とかムシったらokという理屈が了解できたと思う。で、人間は今すぐ死のうと思ったら死ねるんだから、健康だと思ったら健康になる。よく分からない人もいるかもしれないので、もう少し詳しく解説すると、まず歩行していて右に行こうと思ったら右に進む。右に進んでいる途中でやっぱ左に行くわって思ったら左に進む。だから健康だと思ったらその時点で健康であるっていうことなんだけど、この人の解説はとにかくクドくて最高だと思う。

f:id:cocolog-nifty:20170304120820p:image:h480
俺は面白いから読むけど常人では読むの厳しいと思われる。とにかく小面倒な理屈抜きって宣言してたのに、小面倒な理屈しか書いてないのも最高であり、全てが最高の書物である。

f:id:cocolog-nifty:20170304115757p:image:h480
この他にも常に緊張してると良いとか色々あるんだけど、とにかく死のうと思ったら今すぐ死ねるのに生きてて、右に行こうと思ったら右に進むんだから健康になったと思ったら健康なんだよゴチャゴチャ抜かすな馬鹿野郎っていうのが、『医者いらず薬いらず 無病強健精力絶倫法』である。

『医者いらず薬いらず 無病強健精力絶倫法』はなにもせずに生きてる時点で実行しているっていうことになる。だから私もずっと続けてるけど、至極普通なので健康に絶大なる効果ある気がしないでもない。

ちなみにこの本を出した一年後に、大浜さんは死去している。なんとも余情に満ち満ちた健康法で、私はとても好きです。

良い健康法が産れる時

私は明治が好きなんだけど、今回紹介した健康法は大正時代のものばかりである。実はある程度まで医療が発達しないと、良い健康法も出現してこない。

明治のある時期までは、病院を知らない奴も存在している。僻地には病院自体がなかったりもする。だから娯楽作品なんかに病院が出くる場合には『今では病院というものがございまして、病院に行きますればお医者さんが診察をしてくれて、お薬をくだされる。それで病気は治ってしまいます』的な解説が出てくる。今だと病院知らない奴とかいたらヤバいけど、昔は病院なんか知らんみたいな人らが存在していて、文化レベルの低い娯楽作品だと解説をする必要があった。

全体的に医療のレベルが低いわけだから、あんまり良い健康法も出てこない。普通のものばかりである。江戸時代だと養生訓っていう健康法がメジャーで面白いけど、わりと普通でイカれた雰囲気はない。

養生訓・和俗童子訓 (岩波文庫)

養生訓・和俗童子訓 (岩波文庫)

科学的な治療が存在するから非科学的な気合治療が輝きはじめるのであって、医者もヤマカンで治療している時代ならば健康法もクソもないっていう雰囲気である。

医療制度が十分に普及しないと、イカれた健康法は出てこないってのは、わりと重要なポイントで、医療が発達するとアンチ医療の良い健康法が出てくる。今でも予防接種ワクチン反対人間みたいな奴らいるけど、これも予防接種が十分に普及したからこそ発生する状況である。予防接種を受けられなくて人がバタバタ死んでる地域で予防接種反対ッ!!昔の人はワクチンなくても健康だったッ!!!!みたいなデモする馬鹿いないと思う。

衛生っていう概念が流通したからこそ、アンチ衛生が輝き出す。金儲け主義の複雑な呼吸法が流行したからこそ、最高にシンプルにした合理的な方法も出現する。実現不可能な健康法をブチのめすため、生きてるだけで実行可能な健康法が開発される。こういう状況が良いことなのか悪いことなのか、判断するのはとても難しい。ただ人類が新しい技術を受容する際に、こういった動きはわりと起きる。

起きるものは仕方ないから、受け入れるしかない。その上で、過去の事例を知っておくと、人間が今なぜそんな行動をしてるのかって考える時に、わりと役立つ場合がある。頭の片隅にでも置いておくと便利な気がしないでもない。

「健康」の二文字を初めて使った白隠禅師

「健康」の二文字を初めて使った白隠禅師

2016-11-28 14:44:06 | 白隠禅師

 11月20日に広島県福山市の神勝寺で開催された『白隠フォーラム in 神勝寺』に行ってきました。芳澤勝弘先生の❝白隠講談❞を拝聴するのは久しぶり。今回の会場となった神勝寺(臨済宗建仁寺派)は地元の常石造船㈱オーナー神原秀夫氏が建仁寺の益州宗進禅師を勧請開山に、1965年に建立したという比較的新しいお寺ながら、白隠禅画を200点余を収集し、常設展示館もあり。西日本における白隠禅画の一大拠点として注目されるお寺だそうです。

実はこのお寺、今年の夏にしずおか地酒研究会で催行した京都奈良酒造聖地巡礼の参加者で、福山のリゾートホテルで日本酒伝道に尽力されていたK氏から「福山の新しい観光資源」として聞いていたのです。福山といえば10年前に映画『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の制作で何度も通った思い出の地であり、完成したDVDを贈呈したとき、真っ先に称賛のメッセージをくださったのが福山の歴史博物館関係者でした。そんな何やら懐かしい思いと不思議な酒縁に導かれるように足が向いたのでした。

 

広い境内は❝禅と庭のミュージアム❞と銘打たれ、豊かな自然の中に伽藍、表千家不審庵を忠実に再現した茶室&書院、国際修行道場、アートパビリオンなどが点在し、一日では回り切れない広さ。今回は紅葉色に染まった参道をフォーラム会場の本堂まで軽くお散歩しただけでしたが、日を改めて、茶禅の仲間とじっくり訪れたいと思いました。詳しくはお寺のHP(こちら)を参照してください。

さて今回の白隠フォーラムは、健康科学大学の平尾真智子先生が大変ユニークな新説を発表されました。「健康」という二文字を、日本の文献上で初めて使ったのが白隠さんだった、というのです。我々が当たり前のように使うこの言葉が白隠さん発だったとは、ビックリ!と同時に、やっぱり!という思いがこみ上げてきました。

そもそも「健康」という言葉、中国では19世紀まで「康健」と表記され、「健康」は和製熟語だったそう。しかし平尾先生が日本史の一次史料(原本)のデータベースで検索しても引っかからず、古語辞典にも仏教用語辞典にも出てこない。健康科学大学の先生としては「健康」の語源をなんとしてでも突き止めたいと思うのは当然だったことでしょう。そこで、健康に関する記述が多いとされる白隠禅師の仮名法語や著作を丹念に調査されたところ、『於仁安佐美(おにあざみ)』『隻手音声』『辺鄙以知吾(へびいちご)』『三教一致の弁』『夜船閑話』『毒爪牙』『仮名葎』『さし藻草』に登場しており、健康には「ケンカウ」「けんこう」のルビが付けられていたそうです。

これら白隠さんの仮名法語(漢文ではなく仮名で書かれた平易な教え)には、「内観の秘法」「軟酥の法」など自律神経を整える呼吸法やイメージトレーニングに関する健康法が記されており、代表作『夜船閑話』は現代も読み継がれる一大ベストセラーです。書かれたのは1755年。かの良寛さんはじめ、国学者平田篤胤、剣術家白井亨、『病家須知』を著した町医者平野重誠なども『夜船閑話』を愛読したそうな。この頃から「健康」の二文字が普及し始めたようで、夜船閑話の大ヒットがこれを後押ししたんですね。

白隠さんがなぜ仏教の教えに健康法を記したかと言えば、白隠さん自身が修行のし過ぎで鬱病を患い、克服した経験があり、禅を説くもの、仁政を担うものには健康長寿が何より大切だと考えていたから。84年の生涯で全国を1万2千㎞歩いたとされ、晩年の74歳から亡くなる84歳まで10年間には92か寺を回って布教に努めたそうです。もっとも芳澤先生曰く「晩年はかなりのメタボ体型でほとんど輿移動だった」そうですが(苦笑)、日本人に健康長寿を尊ぶ概念と実践法を植え付けたのが白隠さんであるならば、超高齢化社会を迎える今、我々が学ぶことは余りあるほど多い・・・!そんな感動が胸にこみ上げてきました。

 

後半は芳澤先生が神勝寺がコレクションした白隠禅画の解説をしてくださいました。

今回印象に残ったのは、白隠さんが鍾馗(しょうき)を描いた理由。端午の節句の人形でもおなじみ鍾馗さんは、唐の時代に実在した人物で、科挙試験に落第して絶望の末自殺。その霊魂が玄宗皇帝の夢に現れた悪鬼を退治して皇帝の病を治したことから、鍾馗像が魔除けとして普及したとか。このエピソードをモチーフにした謡曲『鍾馗』では、

 

ありがたのおん事や、その君道を守らんの、その誓願のおん誓い、いかなるいわれなるらん。

鍾馗及第のみぎんにて、われと亡ぜし悪心を、ひるがえす一念、発起菩提心なるべし。

げにまことある誓いとて、国土をしづめ分きて、げに禁裏雲居の楼閣の、ここやかしこに遍満し、

或いは玉殿廊下の下、みはしのもとまでも、もとまでも、剣をひそめて、忍び忍びに、

求むれば案のごとく、鬼神は通力うせ、現われいづればたちまちに、づだづだに切り放して、

天に輝き地にあまねく、治まる国土となること、治まる国土となることも、げにありがたき誓いかな。

 

と謳われた。

白隠さんは、受験に失敗して世の中を恨んで自殺したであろう鍾馗が、怨念と執心を捨て、菩提心を起こして世の中を守っていこうとした誓願を禅画に込めたのです。鍾馗がどういう人物だったか、画賛の言葉が何を意味するのか、その背景を知らなければ、白隠さんが発したメッセージも正しく受け取れないんですね。禅画にはそのような深読みが必要なだけに、あらためて芳澤先生のような道案内役がほんとうに大事だと実感しました。

  「白隠展‐禅画に込めたメッセージ」2012年図録より『鍾馗』

神勝寺のような新しい寺院ならば、白隠禅画を現代スケールで保存し展示普及させるアレンジが可能だと思います。白隠さんが生涯を送った沼津で現状それが出来ていないのが地元県民として残念でたまりませんが、今後、こういう拠点が全国各地に生まれ、21世紀にふさわしい禅の教えと健康長寿の情報発信が展開されることを期待します。私自身、白隠さんを見習って全国各地を歩いて白隠ゆかりの地をめぐり、いつかガイド本のようなものが書けたらな、と願っています。

 

フォーラム終了後は懐かしの鞆の浦に宿を取り、ひとりブラ歩きを楽しみました。

 

 

10年前に比べ、案内看板が増え、観光地化が進んだような気もしますが、町のスケールは江戸時代と同じ。朝鮮通信使に「日東第一形勝」と絶賛された対潮楼福禅寺で、通信使の扁額に見入っていたら、係の女性に「書道がお好きなんですか?」と訊かれ、「故郷のお寺にも通信使の扁額がたくさんあるので」と応えたら、「どこのお寺ですか?一度訪ねてみたいです」と。「静岡清水の清見寺」というと「静岡はねぇ、いつも素通りするばかりで駅から降りたことがないですわ」と苦笑いされてしまいました。

家康が通信使を接待した大御所時代、静岡は日本の首都であり、白隠さんが活躍した時代、沼津は全国から禅僧が集結して町がパンクしそうになった・・・それもこれも歴史の彼方のほんの一時代の出来事で終わるんだろうかと、複雑な思いで帰路に着きました。

 

白隠さんは平尾先生曰く「その著作は多方面にわたり、自筆の文書は50種を数える。漢文体の語録、古典の講義や著語からなる提唱録、漢文体の自叙伝、和文体の「仮名法語」、俗謡風の説教などがあり、他に書簡、墨蹟、禅画などもあり、超人的ともいえる著作活動を行っている」人。きっと、白隠さんの時代にブログがあったら、日々むちゃくちゃ更新してたんでしょう。

とにもかくにも、書くことで人々の心を救おうとした白隠さんの行動は、自分のような時代違いの末端の物書きにも刺激を与えます。いま一度、言葉を伝える仕事に誠実であろうと感じさせてくれた旅でした。

健康とは何か:力、資源としての健康

健康とは何か:力、資源としての健康

1.健康のためには情報に基づく意思決定を

1.健康の定義

1)人々は健康をどうとらえているか

みなさんは、自分の今の健康状態について、どう思っていますか。日本で、自分は健康だと思っている人が、どのくらいいるか、見てみましょう。厚生労働省による平成28年の「国民生活基礎調査」では「あなたの現在の健康状態はいかがですか」という質問に対して、「よい」が20.7%、「まあよい」が17.8%、「ふつう」が47.0%、「あまりよくない」が11.2%、「よくない」が1.8%となっています。「ふつう」という回答が5割ほどを占めて最も多いですが、「よい」「まあよい」と合わせると、実に85.5%の人が、少なくとも「ふつう」程度には健康だと、思っているということです。
健康だと思う割合は、年齢が下がるほど高く、年齢が上がるほど低くなります。しかし、65歳以上であったとしても、75%の人が少なくとも「ふつう」程度には健康だと答えています。傷病すなわち、けがや病気で通院している人の割合は、20~30代では約2割であるのに対して、65歳以上では約7割と3倍以上であるにもかかわらずで、健康状態の認識は大きく変わらないということがわかります。けがや病気の有無だけが、健康の判断材料でないことがうかがえます。


 次に、人々が何を理由に健康だ、と判断するのかについて見てみましょう。厚生労働省の平成26年の「健康意識に関する調査」では、「普段、健康だと感じていますか」と質問して健康状態をたずねた後に、「健康感を判断する際に、重視した事項は何ですか」として、3つまでの回答を求めています。その結果は、「病気がないこと」が63.8%で最も多く、次いで「美味しく飲食できること」が40.6%、「身体が丈夫なこと」が40.3%と、身体的な面が大半を占めています。しかし「不安や悩みがないこと」19.1%、「幸せを感じること」11.9%、「前向きに生きられること」11.0%、「生きがいを感じること」9.5%など、精神的な面の回答も1割ほどあります。
また、それ以外の回答でも「人間関係がうまくいくこと」「仕事がうまくいくこと」「他人を愛することができること」「他人から認められること」はいずれも10%未満ですが、これらは、人と人のつながりといった社会的な面の回答だと言えます。


図1 健康感を判断する際に、重視した事項(3つまでの複数回答)


 この厚生労働省の調査では、事前に、身体的な面、精神的な面、社会的な面の3つをとらえた項目を用意していたと思われます。この3つは、広く知られているWHO、世界保健機関の健康の定義にも含まれています。1948年の定義で、すでに70年が経過していますが、いまだによく使われている定義です。WHOの定義は、次のような訳が代表的です。


「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に病気がないとか虚弱でないということではない」(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)


2)身体的、精神的、社会的に十分調和がとれた状態

この定義でよく問題になる点は、「完全に良好な状態」というところです。少しでも問題があれば、健康でないとするのは問題だ、それは理想に過ぎない、完全を求めれば誰も健康ではなくなってしまう、と批判を受けています。それでも、すでにWHOの健康の定義では、「単に疾病でないとか虚弱でないということではない」と付け加えている点も重要です。言い換えるとネガティブなこと、とくに問題がなければ健康と判断することを否定して、たとえ疾病や虚弱の状態あったとしても、「良好な状態」というポジティブな状態、前向きな状態に目を向けようとしています。
そして、「完全に良好な状態」の「完全」は、英語の「コンプリート」の訳ですが、それは肉体的にも、精神的にも、社会的にも、これら3つの側面がすべてそろっているという意味にも解釈できます。3つのうち一つでも欠けてはいけないという意味です。訳によっては、「完全に」ではなく「十分に」とする場合もありますし、加えて「完全に良好な状態」ではなく「十分調和のとれた状態である」とする訳もあります。これは、肉体的、精神的、社会的の3つの点で、十分調和がとれているという意味でしょう。
これらの流れを踏まえて、現在の日本WHO協会1)の訳では次の通りになっています。「すべてが満たされた」という部分は、3つすべてが満たされているという意味でしょう


「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます(日本WHO協会訳)」


3)病気の身体的、精神的、社会的側面

次に、この健康の定義での、身体的、精神的、社会的側面という3つについて考えるときに、病気の定義とあわせて考えてみたいと思います。みなさんは、慢性疲労症候群と呼ばれる病気をご存知でしょうか。筋痛性脳脊髄炎とも呼ばれます。これは、原因不明の強い疲労が、長期間にわたって続く病気です。研究は進んできているのですが、医学的な解明はまだです。そのため、患者の体験や語りが大切です。人が語った話、これをナラティブといいます。テレビなどのナレーションが「語ること」であるのに対して、ナラティブとは「語ったもの」のことです。患者の語りであるナラティブへの関心こそが、その病気の存在に注目する重要なカギとなっています。


 果たして、医学的に明確に診断できないと、病気ではないのでしょうか。そのとき、医療人類学や医療社会学という学問領域では、病気とは何なのかについて考える方法をおしえてくれます。英語では、病気に対する英語は主に3つで、それはdisease、illness、sicknessです。それぞれを区別すると、diseaseは、医学的な診断がされている「疾病」、illnessは、本人がそれをどう感じたり受け止めたりしているかという「病い」、sicknessは、周囲や社会がそれをどのように見なしているかという「病気」であるとされます。慢性疲労症候群は、「疾病」としては不明な点が残されていますが、患者にとっては、紛れもない苦痛を伴う「病い」です。そして、慢性疲労という名称が誤解を生みやすいこともあり、「精神的なものにすぎないのでは」「怠けているだけなのでは」と偏見の目で見られやすい「病気」です。
これは言い換えると、「疾病」「病い」「病気」は、それぞれ身体的、精神的、社会的の3つの側面を重ね合わせながら含んでいるともいえます。これは、そのまま、WHOの健康の定義にある3つと一致しています。これら3つの側面は、人間の健康にとっても病気にとっても、常に欠かすことのできない要素であると思われます。。

2.全人的な健康

1)全人的な健康

次に、この3つの側面を含めて、人を全体としてみる、という意味の全人的な健康について考えてみたいと思います。
WHOの健康の定義については、1998年に、身体的、精神的、社会的の3つに加えて、「スピリチュアル」を追加しようという提案がされました。「スピリチュアル」は、「霊的」「宗教的」とも訳されますが、「精神的」という意味でも使われます。当時の日本での議論では、「スピリチュアル」が、よく「精神的」という意味で使われますし、すでにWHOの定義で「身体的」「精神的」「社会的」と訳して使っているので、「スピリチュアル」はもう含まれていると言えるのでは、とされました。この「精神的」の元の英語は、「メンタル(mental)」で、これは「心理学的」とも訳せるのですが、日本の場合、それを「精神的」とすることが多いようです。そこには「神」や「霊」についての、国や地域による文化的な違いもあって、国際的に共通する定義に取り入れることが難しい面があるでしょう。結局、この提案については、現在の定義が機能しているし、緊急性が低いという理由で、そのままで採択されず見送られたままになっています。


 ここで改めて、国際的に通用する健康の定義について再確認するため、健康を表す英語「health」について考えてみましょう。「health」の語源は、アングロサクソン語の「hal」です。これは、英語では「whole」にあたり、「全体」や「調和」をあらわしています。「癒す」あるいは「ヒーリング」の「heal」や、「神聖」をあらわす「holy」とも、語源は同じです。「全人的」「全体論的」と訳される、元の英語である「ホリスティック(holistic)」もそうです。
ホリスティックヘルス(全人的な健康)は、アメリカで1970年ごろからムーブメント(運動)となった概念です。ホリスティックとは、全体論(ホ―リズム)の見方を背景に持っていて、それは物事を細かな要素に分けていけばわかるという要素還元主義の対極にあるものです。人間も臓器や細胞に分けて見ていくことで確かに理解が進んだのですが、人をまるごと理解するにはその方法では難しい。全体とは部分の総和ではなく、全体は全体としての特徴を持ちます。これは、近代医学が人の臓器を中心とした医療に集中したことで、まるごとの人として扱われなくなったことに対するアンチテーゼもありました。
ホリスティックな見方では、人間は「からだ」だけではなく、「こころ」もあり、「スピリット」もあり、これら3つが、全体として統合されていると見ます。それら3つの全体的な調和は、WHOの健康の定義の3つの側面である、身体的、精神的、社会的の中の社会的の代わりに「スピリチュアル」にしたもの、とも言えます。スピリットやスピリチュアルが意味するものは、「神」や「霊」という意味合いはともかくとして、言い換えれば、「生きる意味」「生きがい」を持つことと解釈されます。


 実際のところ、身体と精神と社会は、相互につながっています。このような、人間を構成する3つの要素を、1つのまとまりとして見る、いわばシステムとしての見方は、医師のエンゲル(Engel)による生物心理社会モデルとして知られています2)。例えば、人間関係などの心理社会的なストレスは疾病を作り出し、疾病は人間関係に影響を及ぼします。身体に変化があれば、心理的な変化が生じ、これもまた人間関係に影響します。


2)ウェルビーング

「生きる意味」「生きがい」については、心理学でも大きなテーマとして扱われてきています。それは、ウェルビーイングについての心理学においてです。ウェルビーイングは、WHOの健康の定義でも使われている言葉で、「良好な状態」の「良好」の元の英語は「ウェルビーイング」です。
心理学では、ウェルビーイングには2種類あるとされます。それは、ヘドニックなものとユーダイモニックなものです。ヘドニックとは、幸福感や生活満足度に注目したもので、快楽が得られ、苦痛がない状態で、主観的ウェルビーイングとも呼ばれます。他方、ユーダイモニックとは、生きる意味、生きがい、自己実現に注目したもので、人間の潜在能力が十分に発揮されている程度で、心理学的ウェルビーイングとも呼ばれます。近年、ポジティブ心理学と言われる、人間のポジティブな感情に焦点を当てた学問領域でも、ウェルビーイングは中心的な位置を占めています。

リフ(Ryff)は、心理学的ウェルビーイングとして次の6つがあると整理しています3)。


表1 6つの心理学的ウェルビーイング

  • 自己受容:自分に対してポジティブな態度を持つこと
  • 他者とのポジティブな関係:他者とあたたかく満足できる信頼できる関係を持つこと
  • 自律性:自己決定ができて自立していること
  • 環境制御力:自分の周囲や環境に対応する能力と達成感があること
  • 人生における目的:人生の目標と方向性が持てている感覚があること
  • 人格的成長:成長し続けている感覚があること


 また同様に、セリグマン(Seligman)は、PERMAモデルと呼ばれる、5つのウェルビーイングにまとめています4)。まず1つ目は、ポジティブ感情です。2つ目は、エンゲージメントで、それは物事に没頭することです。3つ目は、人と関係性を持つことです。4つ目は、人生に意味や意義があることです。そして、5つ目は、達成することです。リフの6つでも、セリグマンの5つでも、人生の目的や意味など、共通点が多く、それは個人内部だけに留まるものではなく、自己と他者、個人と社会、個人と環境の間の相互関係の良好さをも含んだものとなっています。
WHOの健康の定義における、精神的に良好な状態、すなわち精神的なウェルビーイングの中に、「生きる意味」「生きがい」を意味するウェルビーイングを含めてみてはどうでしょう。「生きる意味」「生きがい」を意味する、スピリチュアルという言葉を追加する必要はなくなるともいえます。
ウェルビーイングにしても、スピリチュアルにしても、それが注目されるのはなぜでしょう。現代では、1人ひとりの生命、人生、生活の質、言い換えればQOL、これはQuality of lifeの略ですが、QOLが重視されるようになったことと共通しています。ウェルビーイングやQOLに共通するのは、健康を考える時に、客観的で医学的なものだけでなく、主観的な側面、とくに日々の生活の視点が重視されていることです。


 こうして現在では、個人の生活、経験、価値観などがより重視されるようになってきています。今や、多くの人が健康リスクや慢性疾患を抱えていて、地球温暖化や大気汚染などのグローバルな環境リスクや、地震や水害などの予期せぬ災害もあります。このような中で、1人ひとりが持つ、多様な困難や逆境の中でも、生き抜く力が求められるようになりました。
心の病気などの、ネガティブな部分ばかり見る心理学だけでなく、人間の持つ力や強さに注目する、ポジティブ心理学と呼ばれる心理学への期待もそこにあります。人は、決して生まれながらに強いわけではなく、誰しも、つらく悲しいことを経験します。しかし、必ずしもすべて忘れてしまえばよい、というわけではありません。つらいことに出会っても、書いたり語ったりして他者に開示することで、そこに意味を見出して、助け合いの人間関係をより強いものにしていくことが、できるかもしれません。ストレスを、成長の糧にできる、という、人間が潜在的に持っている力、人間の持つ強さへの期待です。


3.力、資源としての健康

1)健康を力として捉える

このように、健康を力や資源として、とらえる見方を、次に紹介します。すでに述べたように、WHOが、健康の定義で「完全」や「状態」という言葉を使うことによって、理想的な「状態」を求めることになり、それが、医療への過度の依存を助長すると批判されています。もし理想的な健康があるとすれば、感染症のような、治癒が望める急性疾患が、主だった時代の話です。現在のように、慢性疾患の予防と共に、それらと長く付き合っていくことが必要な時代には、合わないとされています。
また、慢性疾患への変化と共に、医療が発展して、かつては医療の対象ではなかった「状態」が、医療の対象となってきています。例えば、「落ち着きのない子ども」「子どもの成績不振」が、多動症、学習障害とされるようになりました。すでに、出産、死、肥満なども医療の対象になって長いです。このような現象を、「医療化」と言います。もちろん、それによって救われる人がいる一方で、様々な問題を医療に任せてしまい、背景にある社会の問題が見えにくくなるという恐れがあります。また、人々が本来持っている、自分たちで問題に対処して解決していく力や、その自信が失われていく心配もあります。


 そこで必要なのは、自分で健康を維持したり回復したり、動的に変化させられる力への注目です。2011年に、フーバー(Huber)らは、健康を「適応してセルフマネジメントをする力」として見ることを提案しました5)。これは、健康を「状態」とするのではなく、それが個人や社会で変化させられるものであり、健康を「力」として捉え直したものです。セルフマネジメントとは、もし困難に直面しても、自分でうまく対処できることを意味します。うまく対処できることを、コーピングといいます。そして、健康をそのように見ることで、身体的、精神的、社会的という3つの面で、どのようになるかについて提示しています。


表2 適応してセルフマネジメントをする力

(1)身体的健康
環境が変わっても身体的な恒常性あるいはホメオシタシスを維持できる力である、「アロスタシス」と呼ばれるものをあげています。例をあげると、オリンピックのマラソン選手の脈拍数です。一般の人が、1分間に60から70回なのに対して、マラソン選手はトレーニングにより、30回ほどと、少ない回数で血液を循環させられるようになっています。一般の人でも階段をよく使うようにすると、段々と息が切れないようになりますが、これも「アロスタシス」です。これらと同じように、ストレスに直面しても、それに強くなることで、すぐにバランスを取り戻すことができると言います。

(2)精神的健康
強い心理的ストレスに、うまく対処して回復し、心的外傷後ストレス障害、言い換えればPTSDを防ぐ力をもたらす要因として、健康社会学者アーロン・アントノフスキーによって提唱された「首尾一貫感覚」があげられています。それは元の英語ではsense of coherenceというもので、略してSOCと呼ばれています。SOCは、困難に直面したときにそれを理解し、対処して、意味を見出せるという力です。「適応してセルフマネジメントをする力」が強化されると、主観的なウェルビーイング、すなわち、幸福感が向上し、こころとからだのポジティブな相互作用が生まれる可能性があるとしています。

(3)社会的健康
人々が自身の潜在能力を発揮し義務を果たす力、医学的な状態にかかわらず、ある程度自立して、生活をマネジメントする力、仕事を含めて社会活動に参加できる力などがあげられています。それらは、チャンスと限界の間での動的なバランスで、生涯を通じて変化し、社会や環境からの困難や課題といった、外部の状況に影響を受けるとされています。すなわち、自立したり、社会に参加できるチャンスを生かせるかどうかは、社会や環境次第であるというわけです。


 3つの健康では、いずれもストレスなどの困難や課題に対して、どのようにうまく対処できるか、すなわちコーピングができるかどうかの力となっています。その力によって、病気になった時でも、働いたり社会活動に参加できたりするし、健康だとも感じられるとしています。
その力を身に付ける1つの方法として、患者会のような患者が集まったグループの力を活用する、スタンフォード大学で開発され、日本でも活動がある、慢性疾患セルフマネジメントプログラム6)を紹介しています。
また、年齢を重ねることで発生してくる機能障害がありますが、うまく対応できる力さえあれば、QOLが変化することはないという「障害のパラドックス」という現象の存在について指摘しています。障害があれば、QOLが下がると思いがちですが、人には障害に対応する力があり、それが発揮できるような社会や環境のありかた次第だ、ということです。人間や社会の持つ力への気づきが、求められていると思います。


2)リスクから資源へ

こうして現在では、健康と病気は、明確に分けられないという見方が主流となりつつあります。しかしそれでも、病気という存在は大きく、その原因を知るために、これまで多くの研究がなされてきました。ここで少し、歴史を振り返りましょう。


 19世紀末には、病気の原因が特定の細菌によるものだ、と発見した細菌学が登場しました。これによって、多くの感染性の病気を治療したり、予防したりできるようになりました。このあと、20世紀前半ごろまでに、生物学を中心とした生物医学は、大きく発展しました。そして、病院、研究所、大学といった専門機関を中心として努力が払われました。にもかかわらず、近代化と共に、心臓病、がん、脳卒中といった慢性疾患は増加しました。病気を治療するだけでは、死亡率や病気にかかる人の率を減少させるには限界があり、医療費も高騰するばかりでした。
そうした折、1960年代から70年代にかけて、がん、心臓病、脳卒中などの慢性疾患では、喫煙、食事、運動などの行動やライフスタイルが、リスクファクターとなっていることが明確になってきました。アメリカでは、75歳未満での死亡に影響を与えている要因を4つに分けて、それぞれの割合を考えると、個人の行動やライフスタイルが40%、環境が20%で、環境のうち社会的環境が多くを占めると言われます7)。そして、遺伝が30%、保健医療が10%とされています。これはアメリカに限った話ではなく、多くの先進国で近い状況が予想されます。そして、増加する慢性疾患の対策として、リスクファクターを減らすために、行動やライフスタイルの規制や健康教育が行われてきました。
しかし、実際には、リスクファクターを多く抱えていてもなお、健康な人がいます。そこで、1987年に、アントノフスキー(Antnovsky)は、健康と非健康は連続体であり、非健康へと導くリスクファクターという疾病生成要因、すなわち病気を作る要因だけではなく、その逆向きの方向にある、健康へと導く健康生成要因がある、としました8)。これを健康生成論と言います。そして、その健康生成要因とは、「汎抵抗資源」という、個人や社会に備わっている、様々な「資源」への認知と、それらを動員できる自信を表す、首尾一貫感覚SOCだとしたのです。資源には、その人の能力や周囲の人のサポートなどがあげられます。そこでは、病気やそのリスクは人生の一部であって、否定したり排除したりするものとはされません。ストレスに対処する資源の発達のための過程だ、と捉えられました。ストレスは、人生における成長の糧だという訳です。


3)健康生成論とヘルスリテラシー

エリクソン(Eriksson)は、健康生成論とは、ヘルスリテラシーの向上によって健康へと向かう持続的な学習プロセスであるとしています9)。ヘルスリテラシーとは、健康のための意思決定に必要な情報を入手、理解、評価、活用する力です10)。幅広い知識を持つことがヘルスリテラシーを向上させ、ヘルスリテラシーは健康課題を解決していく中で他者との関わり方における成長を促し、この学習によって新たな知識が身に付くというサイクルが健康生成論であるといいます(図1)。これは、健康における成長と学習という視点で、健康生成論とヘルスリテラシーを結びつけたものです。


図1 認識論(知識)から見た健康生成論(Eriksson7)より一部改変)


 ヘルスリテラシーは、個人の力だけではなく、家庭、地域、職場、学校、行政、メディアなどによるサポーティブな環境との相互作用で形成される「資源」だと考えられています。健康生成論も、同じく「資源」に焦点をあてたものであり、いずれも自己や環境の資源への注目という点で共通しています。
さらに、健康生成論とヘルスリテラシーで共通しているのは、エンパワーメントという概念です。エンパワーメントとは、力や自信を与えるという意味ですが、それは言い換えると、生まれ持った潜在的な力を発揮できるように、自分の人生や生活をコントロールできることです。ヘルスリテラシーとは、知識や情報を資源として意思決定や行動をコントロールできることであり、SOCは、ストレスや困難な状況に直面しても、資源を活用してうまくコントロールできることです。ヘルスリテラシーとSOCにおいて、それを向上させることは、いずれも、資源を活用して、行動や環境をコントロールする力を身に付けることであり、エンパワーメントです。
こうして、健康を力や資源としてみると、環境を整えていくことが重要になると思います。環境に恵まれなければ、力や資源を育むことが難しく、もしそのような機会を得られなかった人々がいれば、早いうちに発見して支援できる環境を作る必要があります。そのような環境は相互の信頼関係なくしては難しいでしょう。共に学び成長することを支え合う環境づくりを通してみんなの健康を達成していくことで、信頼が育まれていくことでしょう。


(中山和弘) 公開日2018年8月23日

文献
1)日本WHO協会:健康の定義について. http://www.japan-who.or.jp/commodity/kenko.html
2)Engel G. The clinical appplication of the biopsychosocial model. Am J Psychiatry. 1980;137:535-544.
3)Ryff C. Happiness is everything, or is it? Explorations on the meaning of well-being. J Pers Soc Psychol 1989;57:1069-1081.
4)マーティン・セリグマン著、宇野カオリ監訳『ポジティブ心理学の挑戦』ディスカヴァー・トゥエンティワン,2014.
5) Huber M,et al. How should we define health? BMJ. 2011 Jul 26;343:d4163.
6) 慢性疾患セルフマネジメント協会 https://www.j-cdsm.org/ 7)Schroeder SA. Shattuck Lecture. We can do better–improving the health of the American people. N Engl J Med. 2007 Sep 20;357(12):1221-8.
8) 山崎良比古監修、戸ヶ里泰典編:健康生成力SOCと人生・社会: 全国代表サンプル調査と分析.有信堂光文社, 2017. 9) Eriksson M. The Sense of Coherence in the Salutogenic Model of Health. In Mittelmark MB et al. (eds.) The Handbook of Salutogenesis, Springer, 91-96, 2016.
10) 中山和弘:ヘルスリテラシーとは.福田洋、江口泰正編『ヘルスリテラシー:健康教育の新しいキーワード』、大修館書店、2016.

インターネットを使って健康になれる?

インターネットを使って健康になれる?

3.知りたい情報はインターネットで


ここでは、まず、インターネットを使っている人のほうが健康になっているという研究結果を紹介します。そして、それがどうしてなのかということについて、最近のインターネットの動向から、考えてみます。また、みなさんがインターネットをよりよく活用するためにはどうしたらいいかについて、考えていきたいと思います。

1. インターネットを使っている人のほうが健康になる?

 信頼できるエビデンスナラティブについての情報がインターネットに多くあります。あるからといって、それを利用すれば、健康になるのでしょうか。

1)インターネットの利用と健康の関係に関する研究

 ヨーロッパで行われた1万人以上の大規模なデータの分析では、、個人的な目的でインターネットをよく利用している人のほうが、「自分が健康である」という意識が高かったと報告されています[1]。また、この研究では、インターネットをよく利用している人は、人からサポートされることが多かったともいっています。その内容は、より多くの友人、家族、同僚と会ったり、何でも相談できたり、ほかの人より人づきあいなどのコミュニケーションが多いというものです。そして、そのような付き合いの多い人は自分が健康であると思っていたのです。

では、病気を持つ患者についてはどうでしょう。アイゼンバックという研究者は、医療情報サイトからの情報や、メールやネット上のコミュニティでのコミュニケーションが、がん患者の健康状態に影響すると述べています[2]。これらによって情報や知識が増えるので、自信が持てるようになり、医師に適切な質問ができるといいます。医師とメールができれば、さらに医師とのコミュニケーションが増えます。そして、医師とともに情報に基づいた意思決定が行えて、納得した形で療養生活が送れます。また、コミュニティからのサポートは、孤独感を解消し、ストレス軽減などの様々な心理的効果が得られます。こうして、結果的に健康状態に良い影響を与えるとしています 。

いくつかの研究でも、特定の病気を持った患者さんが集うネットのコミュニティで、参加者が書き込みをし合うことを通じて、サポートのやり取りをしていることが示されています [3,4]。そのサポートのやり取りにはどんな意義があるかというと、参加者の間に厚い信頼が芽生えていること[5]や、参加者が様々な力を得ている[4]ことが明らかになっています。

このような健康と関連しているような人間関係におけるサポートをソーシャルサポートと呼びます。つらい出来事があっても、ストレスと感じにくくしたり、ストレスを感じた時でもそれに対処しやすくして、健康を守るといわれています。そして、ここで紹介した研究からは、ネット利用→情報→よりよい意思決定→健康という流れがあるだけでなく、ネット利用→ソーシャルサポート→健康というもう一つの流れあることを示しているわけです。

 

2. インターネットを使っている人のほうが健康になる理由は?

 つぎに、インターネットの利用がソーシャルサポートを増加させているということに関連して、ソーシャルメディアによるインターネット上の進化について述べていきたいと思います。

 

1)誰もが参加できるソーシャルメディア

 従来、Webにおいては情報の流れは一方向的でした。ホームページを作って情報を流すのは、大きな組織かWebに詳しい個人が中心でした。発信者は情報を発信したまま、受け手である多くの人は必要な情報を受身的に探すだけで、情報の送り手と受け手が固定されている状態でした。

それに対して、2000年ごろから、インターネット上に、誰でも簡単に情報を発信することができるようなしくみが出てきました。この時期に使われ始めたものとしては、ブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス、現在ではFacebook、Twitter、LINEなど)、Q&Aサイト(Yahoo!知恵袋、OKWaveなど)、評価サイト(価格コムなど)などがあります。これらは、誰もがコメントを書き込める機能があります。従来情報の受け手であった人々が、発信者から出された情報に対してコメントを付けたり、発信者がそのコメントに対してさらに答えたりと、情報の「やり取り」が行われるようになったという点です。つまり、インターネット上で相互作用が行われるようになったのです。これらは、現在、ソーシャルメディアと呼ばれます。

今やブログやSNSを用いれば、誰でも見栄えのいい自分のページをインターネット上に持つことができ、手軽に情報発信を行えます。そして、それを見た人が、発信されたものに対して直接書き込みを行うことも簡単です。また、他の人の書き込みにさらにコメントをつけたり、複数の人たちのやり取りを参考にしたりすることもできるようになりました。このように、ソーシャルメディアでは、情報の利用者が、発信された情報に対して直接的に意見を述べることができ、その場に参加することができるという意味で、「利用者(ユーザー)参加型」[6]メディアと言われています。

2)ソーシャルメディアが普及したのは、ナラティブな情報が欲しいから?

 ソーシャルメディアが広く普及したのはなぜでしょうか。情報発信したい、自分の情報を残しておきたいという思いがある人は、誰でも参加可能というのもあります。しかし、それだけでは一方向になってしまいます。自分が得た情報を発信し、それに対する自分の評価や受け止めに対して、ほかの人からの評価やコメントがもらえればという思いがそこにはあります。

例えば、ある商品を買う際、その商品の評価サイトがよく利用されるようになりました。そこには、その商品の価格や機能という固定された情報が掲載されていると同時に、その商品を実際買った人の評価が星印で載せられていたり、コメントが寄せられていたりします。この商品を買おうか迷っている人にとって、実際に使ってみた人の意見や感想は大いに参考になるのではないでしょうか。これはその人が過去の経験を通して新しいものについてどのように語るのかであり、ナラティブな情報といえるでしょう。

これは、情報を手に入れても、自分だけですぐにうまく利用できるわけではないということを表していると思います。自分が得た情報は、様々な価値観を持つ人に解釈され、語られることによって、自分にとっての価値がより明確になります。そして、その価値に基づいて意思決定に使えるようになるのではないでしょうか。

 

3)保健医療の分野でのソーシャルメディアのナラティブ情報

 ソーシャルメディアの使い方は、保健医療分野においても広く普及しています。例としては、同じ病気を抱えた人が集う患者コミュニティや、Q&Aサイトでの病気や健康に関する質問と回答、自分の闘病記をブログで綴ること、病院を評価するサイトなどがあります。これらは誰もが参加できるソーシャルメディアということができます。患者コミュニティなどソーシャルメディアに書き込みを行えば、経験者やその家族などが、自分の経験を教えてくれたり、家族としてのアドバイスをくれるでしょう。また、医療者が閲覧しているサイトでは、書きこまれた内容について医療者としてどう思うか、どうしたほうがいいと思うか、コメントをくれる場合もあります。

今、主治医から、ある治療法と治療成績に関する過去のデータを提示されたとします。この情報はエビデンスに基づいた情報です。これだけで意思決定できればいいのですが、それはなかなか難しいことです。重大な選択であれば、家族はどれがいいと思うのか、他の人が治療法をどのような価値で選んでいるのか、治療を受けた人はどのような状態になってどう思っているのかを知りたくなるでしょう。「エビデンス」情報に対して、個人の経験はどうであったか、何を感じたかという生の声、「ナラティブ」情報が追加されます。つまりインターネット上で、エビデンス情報とナラティブ情報のやり取りが行われているのです。

 

4)インターネット上でコミュニティを作るのは私たち

 日本では欧米と比較すると、インターネットに対する信頼度が低いと言われています。いまだに、誰でも書き込めるインターネット上の掲示板などのコミュニティは、誹謗中傷やウソの情報ばかりが横行している良くないものだと思っている人がいるかもしれません。確かに、嘘のエビデンスや、商品を売るための偽物の経験談としてのナラティブもあるかもしれません。

しかし、SNSでも、様々な健康・医療関係のコミュニティが作られ、その中で情報やサポートのやり取りがなされていることが、実際に閲覧してみると分かります。また、健康関連の質問も多いQ&AサイトのOKWaveやYahoo!知恵袋では、治療法選択で迷っている人からの書き込みに対して、様々な立場からコメントがされていて、サポートのやり取りが行われている様子が見て取れるでしょう。

今やソーシャルメディアの時代になって、その世界をどのようにするのかは、ますますその利用者にかかっています。嘘や偽物を見抜く目を持ったり、確かな目を持つ人を見つけたり、みんなで助け合えるのがコミュニティで、インターネットはコミュニティそのものです。

3. インターネットと情報格差、健康格差

1)情報活用ができれば健康になれるなら、できないと健康になれない

 インターネットが活用できることは、健康になることにとって重要な要素であると言えそうです。 しかしこれは逆に言うと、活用ができないと、健康になれないということではないでしょうか。

情報が得られる人と得られない人がいるとすれば、それは情報格差です。そして、情報格差は健康格差を生みだす可能性があります。健康格差の要因には、国の間であれば一人当たりのGDPなど、よく経済格差があげられます。しかし、経済格差は情報格差を通して、健康格差につながるという現象は、無視できない社会問題になりつつあります。WHO(世界保健機関)も国や地域の健康格差は情報格差で起こっていることを指摘し、それを埋めるべく情報通信技術(ICT)の活用を訴えています。

では、どのようにしたら、情報格差は解消することができるのでしょうか。

 

2)インターネットへの接続だけでは不十分

 総務省の「平成27年通信利用動向調査」 によると、インターネットの利用者は1 億 46 万人で、普及率83%です。年齢別の利用率では、中学生から40代までは95%以上で、50代で91%、60代で4人に3人、70代で2人に1人となっています。60代以上で利用率が低くなっていますが、とくに60代、70代で増加してきている状況です。

この結果からは、とくに世代差が大きいと見ることができます。これも、将来的には普及率は95%以上になるでしょうが、現状では何が課題でしょうか。確かに、パソコンや携帯を高齢になってから使うことにチャレンジしている人もためらう人もいるでしょう。確かに、自分で接続することも便利なことです。しかし、健康情報を得るためには、接続している人でしかもそこから情報を探して活用できる人、すなわちヘルスリテラシーを身に付けた人でなくてはなりません。接続していてもそうでない人はいます。したがって、問題はそのような人になるか、そうでなければそのような人が身近にいていつでも聞けるかです。

現在、高齢者は一人暮らし世帯や夫婦世帯が増加しています。そういう意味でも、ネットワークが重要な意味を持ってきています。ヘルスリテラシーのある人が増えて、その人と結びついていくことが必要です。情報格差の解消にとっては結局は人と人との結びつきが大切と言えそうです。

誰でもインターネットを使える社会という方向もありますが、誰でもヘルスリテラシーのある人と結びついている社会を作り上げることが求められます。

 

3)高齢者や障がい者のバリアを取り除く

 また、インターネットに接続できても、それがいくらヘルスリテラシーの高い人であっても、サイトに壁があれば話は別です。年をとってきて、小さい文字が見づらい時に、画面の文字が小さ過ぎて、大きくしようにもそうできない場合はどうでしょう。また、視覚に障がいのある人は、多くの人は画面の文字を順番に音声で読み上げてくれるソフトを使います。もしくは、自動的に点字に変換されて出力されるソフトを用いることもできます。しかし、文章がなくて写真や図の説明しかない場合はどうしようもありません。視覚的にわかりやすくと思ったはずですが、文字の情報も同時に必要なのです。同じく、色覚異常の人も色だけで区別して説明してあっても困ります。また、聴覚に障がいのある人の場合は、音声だけとか、ビデオでも画像と音声だけ文字がない場合は、内容を知ることができません。

情報がそもそも手に入るのか、アクセスできるのか、門前払いになっていないか、という問題です。このように、高齢者でも障がい者でも、誰でも情報を入手できるような状態になっていることを、「アクセシビリティ」と言います。このアクセシビリティを整えることは、情報発信側が必ず配慮すべき事柄です。とくに身近な地域の情報を発信する行政では、情報格差が生じないようによく気をつけておくべきことでしょう。

 

4)誰もが情報を見つけやすいサイト

 さらに、利用する人がより「使いやすい」ようになっていることを「ユーザビリティ」と言います。これは例えば、サイト全体でどこに何があるのかがわかりやすくなっている、更新された新しい情報がすぐにわかる、検索用の入力欄が目立つ場所にある、リンクが見やすい、リンク切れがない、誰が作成しているサイトかすぐわかることなどがあります。

これらのアクセシビリティとユーザビリティはあまり厳密に区別されているものではなく、基本的には誰にも使いやすいことを示しているといえます。詳しくは、世界共通のガイドラインも発行されているます。W3C「ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン」や、eふぉーらむ「ウェブ・ユーザビリティ・ガイドライン」などをご覧ください。

 

5)信頼できるサイトに出会えること

 インターネットは賢く使わないと、かえって混乱したり不安になったりする健康被害をもたらす可能性があるものです。ただ使えると言うのでは不十分で、その特徴を知って、信頼できる情報の探し方について理解して使うことが求められるメディアです。自分でハンドルを握っているドライバーと同じだというはなしもあります。交通ルールやマナーを守るように、インターネットでのエチケットをネチケットといいますが、それを守ることも必要です。ただ、安全運転でも目的地がきちんとないとさまようばかりです。

そもそもたどり着くべき信頼できるサイトがなくてはなりません。そのようなサイトを見極める方法については、いろいろな指針や手引きがでています。わかりやすく簡単なものとしては、インターネット上の保健医療情報の見方を見てみてください。最後のリンクも参考になります。

みなさんは健康情報を探すときにどのような方法を使いますか。病名や症状をキーワードとして、GoogleやYahoo!などで検索することが多いかと思います。検索してヒットしたものを1ページ目から見ていくと思います。2ページ、3ページぐらいまででしょうか。しかし、この出てくる順番は何によって決まっているのでしょうか。信頼できる順ならよいのですが、必ずしもそうでないのが現状です。検索サイトによっては、お金を払っている額がものをいう場合も考えられます。また、検索サイトで上位に出るようにしてくれる会社はたくさんあって、そこにお金を使っているかでも違います。そうして上位に出るようになると、多く見られることになるので、またさらに上位になるというしくみです。

実際に、キーワード検索では、商業目的のサイトが出やすいのが現状です。信頼できる情報を出しているところがあっても、後ろのほうにしか出ない場合があります。その点、英語で検索すると、アメリカの厚生省や関連の研究所、国立医学図書館などが上位にあがります。市民向けの情報もたくさんあって、信頼できる情報をわかりやすく使えるための研究に基づいたサイトもあります。

したがって、英語がわかる人であればよいですが、そういう人が身近にいると心強い味方になります。日本のサイトでは、やはり国公立のサイトや大学のサイトが信頼ができると考えて、あまり表示順を気にしないほうがいいと思います。また、そのようなところでリンクしてあるところも信頼性が高いと考えられます。

手掛かりとして、次のリンクを紹介しておきます。ご参考までに。

5)信頼できる人に出会えること

 また、信頼できる人、ヘルスリテラシーの高い人が運営しているサイトや、ブログやSNS、twitterなどはどのように探したらよいでしょう。ここでも、インターネット上の保健医療情報の見方と共通する点が多くあります。ブログなどは、ソーシャルメディア時代の道具ですから、その人が他の人とどのようなやり取りをしているかも判断材料です。また、こちらから何でも書きこめます。質問や意見などをすることで、コミュニケーションをとるのも一つです。場合によっては、実際に会ってみることもいいかもしれません。問題はやはり、商品を売ろうとする人、お金もうけのために書いている人には基本的に注意が必要でしょう。

 

(瀬戸山陽子、中山和弘、宇城 令) 更新日2017年1月19日

文献
[1] Wangberg S.C. et al, Relations between Internet use, socio-economic status (SES), social support and subjective health. Health Promotion International, 23(1), 70-77, 2007

[2] Eysenbach G:The Impact of the Internet on Cancer Outcome. A Cancer Journal for Clinicians. 53. 356-371. 2003
[3]Coulson, N. S., Buchanan, H., & Aubeeluck, A. (2007). Social support in cyberspace: A content analysis of communication within a huntington’s disease online support group. Patient Education and Counseling, 68(2), 173-178.

[4]Coulson, N. S. (2005). Receiving social support online: An analysis of a computer-mediated support group for individuals living with irritable bowel syndrome. Cyberpsychology & Behavior, 8(6), 580-584.

[5]Radin, P. (2006). “To me, it’s my life”: Medical communication, trust, and activism in cyberspace. Social Science & Medicine, 62(3), 591-601.

[6]Sharf, B. F. (1997). Communicating breast cancer on-line: Support and empowerment on the internet. Women & Health, 26(1), 65-84.

花粉症のしくみ

花粉症のしくみ

花粉症のしくみ

花粉が体内に入り込むと、体は花粉を異物と認識して免疫機能が働きはじめてIgE抗体が作られます。このIgE抗体は、免疫に関係する「マスト細胞」と呼ばれる血球系の細胞に結合します。マスト細胞は花粉を排除しようとヒスタミンなどの化学伝達物質を放出します。この化学伝達物質が体の神経や血管を刺激します。くしゃみ中枢が刺激されると「くしゃみ」が、分泌腺が刺激されると「鼻水」が、血管が刺激されると「鼻づまり」などの症状がでます。
花粉症は自然に治ることはまれで、症状が悪化してしまうと治療を行ってもなかなか症状がおさまらない特徴があります。
症状が少しでもでた時点で、なるべく早めに治療を始めることが大切です。

花粉症の治療

花粉症の治療

花粉症の治療は、まず薬によって症状を抑える「対症療法」を行います。
特にくしゃみや鼻水に効果的なのが、ヒスタミンをブロックする「抗ヒスタミン薬」や、免疫に関係するマスト細胞に働く「マスト細胞安定薬」です。また鼻づまりの原因になるロイコトリエンという物質をブロックする「抗ロイコトリエン薬」があります。これらに加えて目にかゆみがある場合は「点眼薬」を使用します。
花粉症の症状全般に効果があるのが「鼻噴霧用ステロイド薬」です。
最新の研究では、発症直後の治療に鼻噴霧用ステロイド薬を使用すると、症状がひどくならないという報告があります。

レーザー治療

レーザー治療

薬による治療に効果がでない人の中には、鼻の中にポリープがあったり、鼻の中の形態に問題があって効果が得られない場合があります。
検査で異常がない場合は、鼻の中の粘膜をレーザーによって焼くことで、アレルギー反応を起こす場所を減らして花粉症の症状を軽減させる治療があります。しかし花粉症を完全に治す治療ではないため再発することもあります。また花粉飛散のおよそ1か月前までに治療をする必要があります。

舌下免疫療法

舌下免疫療法

スギ花粉症の根本的な治療方法として舌下免疫療法が期待されています。
治療のために花粉のエキスをわざと体内に取り込んで、花粉そのものに体を慣らして行く治療法です。
1日1回、スギ花粉のエキスを舌の裏側にたらし、2分間そのままにしてから飲み込みます。これを2年から3年くらい毎日続けることでアレルギー反応を抑えます。

舌下免疫療法

舌下免疫療法は効果がでるまでに2年間はかかりますが、調査では「期待通り」「まあ期待通り」と答えた人を合計すると85%以上でした。2年間行ったあとも続けることでより改善するといわれています。
注意点としては、舌下免疫療法はスギ花粉が飛んでいる時期にはできないため、花粉飛散のおよそ2か月前までに治療をする必要があります。
また副作用に関しては、口の中がかゆくなったり、腫れたりすることがあります。口の中でアレルギー反応が起こるためですが、ほとんどの場合は一時的で、症状が持続することはまれとされています。

この記事は以下の番組から作成しています

  • きょうの健康放送
    花粉症 最新対策